- 会社名
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向陽信和株式会社
- 業種
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足場架払リースサービス・仮設設備リースおよび販売
- M&Aで達成した内容
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業界の制度改革への取り組み・DX化
- M&Aアドバイザー
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前田 泰一
従業員が見舞われた事故を機に、自社や業界の安全管理体制を見直す。
とある足場工事会社に勤める20代の古澤一晃氏は、足場職人の地位の低さに憤りを覚えていた。職人がもっとイキイキと働ける、職人に愛される会社をつくりたい。その思いから独立開業を決意し、1993年に向陽信和サービス有限会社を設立する。2001年には向陽信和株式会社に商号変更し、足場架払リースサービス、仮設設備のリースおよび販売を広く展開することとなった。
古澤氏は「すべての従業員が将来に希望を持って、安心して働くことができる会社づくり」を経営理念に掲げる。足場職人である従業員の生活を支えるのが、会社の存在意義だととらえていた。事業の目的はもちろん、足場工事を通じ顧客に満足や感動を与えることにほかならない。その目的を達成するために、従業員の技術と知識を養い、心と体を鍛え、現場で成果を発揮し続けた。
岐阜が本社の向陽信和だが、遠く離れた岩手に支店を構えている。隣接する愛知、あるいは東京や大阪でもなく、なぜ岩手に──。それは東日本大震災に起因する。震災直後、なんとか被災者の力になれないかと考えた古澤氏は、応急仮設住宅の建設を買って出たのだ。仮設住宅はプレハブ工法の簡易なつくりとはいえ、足場工事が本業の向陽信和にとっては不慣れな施工内容である。それでもいてもたってもいられなかった。ノウハウは現地で習得することにした。
やがて一戸建てやマンション、オフィスビルなどが建てられるような状態にまで復興が進むと、すでに周辺では名の知れた存在の向陽信和のもとに、建設関連業者からの協力要請がひっきりなしに届くようになる。建設予定の現場で足場を組んでもらえないか、という本業の依頼だった。当初は岐阜から資材を陸送で運んで対応していたが、いよいよそれも難しくなり、本格的な拠点として立ち上げたのが岩手支店である。被災地の惨状を前に大きなショックを受けながら、それでも復興に尽力した従業員から、「今後は私、岩手県民になろうと思います」という心強い申し出があったとき、古澤氏はうれしさのあまり涙が出たという。
このまま少しずつ規模を拡大しながら、事業展開していけるものと思っていた。しかし、ある出来事を契機に、古澤氏は方向転換を余儀なくされる。岩手とは別の現場で働く従業員が、感電事故に見舞われてしまったのだ。
事業の親和性が高く、従業員教育でも考えが一致した。
たとえば一般的な住宅では、30種類、500点以上の部材を使用し、建物の形状に合わせながら足場を組んでいくことになる。足場を使用する大工や塗装業者に安全な作業環境を提供するため、また、足場を施工する従業員の安全を確保するために、労働安全衛生法の安全衛生規則で定められた基準をクリアする必要があった。
感電事故が起きたのは向陽信和が手がける現場ではない。その従業員は懇意にしている別の足場工事会社の現場に、サポートとして入っていたのだ。不慮の事故であり、どれだけ注意しても防ぎきれなかったかもしれない。しかし古澤氏は、あらためて自社の安全管理体制を見直したときに、法律の基準を満たすだけでは不充分だと痛感した。
これは業界全体として、抜本的な課題解決に取り組むべき案件ではないのか。ただ、従業員数が50名ほどの中小企業では、その影響力が限界されてしまう。そこで古澤氏は、M&Aを検討するようになった。
業界内で合併や事業承継の事例は多く、M&Aに対してネガティブな印象はなかったものの、関わるとしてもずっと先の話だろうと思っていた。コンタクトをとることになったのは、タイミングよく届いたダイレクトメールがきっかけだ。担当の前田泰一に対し古澤氏が最初に抱いた印象は、「若いな」だった。そこには「若いのに大丈夫か?」といったニュアンスが少なからず含まれる。しかし、古澤氏の不安は早々に解消されることになった。前田が紹介する買い手(譲受企業)の候補や提示条件が、的を射たものばかりだったからだ。
前田がミライリスホールグループ代表の松岡賢氏と古澤氏を最初に引き合わせたのは、2021年のはじめのことである。東海地方において複数のグループ会社を傘下に持つミライリスグループは、建設や保全向け機械を中心とした仮設建物、重量・軽架設、足場材などレンタルと、それに伴う運搬、仮設工事、販売、修理が主力事業だった。向陽信和とは事業の親和性が高いうえに、従業員のことを第一に考え教育・研修に力を入れている点でも、トップの考えが一致していた。
そして、トップ会談から約半年後の8月には、ミライリスグループ内の1社と向陽信和が資本業務提携を結ぶ形でM&Aが成立することになった。
自然と生まれる競争意識が、グループを活性化させている。
M&Aは事業承継やイグジット、あるいは事業の多角化などが目的となりやすい。しかし、古澤氏が今回のM&Aで求めたのは、足場工事業界、ひいては建設業界をよりよくすることだった。自社だけではどうにもならない業界の制度改革に、同志と一緒に取り組みたかったのだ。その思いを的確にくみ取った前田が、最良の相手を紹介したわけである。
「同じような規模感で同じような事業を営む会社がグループ内にいくつかあるので、なにかと刺激が多い」と古澤氏は語る。従業員同士、営業活動や安全管理について意見交換しながらも、密かに対抗意識を燃やしている。それが足の引っ張り合いではなく、いいライバル関係としてプラスに作用しているようだ。「グループNo.1を目指そう」が、いつしか向陽信和内の合言葉となっていた。
また、ミライリスグループではDX化に力を入れている。会計管理や顧客管理のシステムが共有され、グループ間の情報交換もITツールを使って簡単に行えるようになった。システム導入には1社ではとてもまかなえきれない費用がかかるため、その点でも古澤氏にとっては有益なM&Aだった。
そんなミライリスグループはこれから先、どんな未来を描いているのだろう──。ひとつのキーワードとなるのが、商流の充実だ。より強い事業にするために、商圏拡大よりはむしろ、商流の充実に注力する。具体的には、グループ内の業務プロセスの下流に位置するレンタル機器の物流、足場等の施工、機器のメンテナンスなどの機能を充実させたい考えである。
そのためにも、新たな人材の獲得は急務。単体での採用はもちろん、グループ採用も強化される。「すべての従業員が将来に希望を持って、安心して働くことができる会社づくり」という向陽信和の経営理念は今後も変わらない。新たな同志を迎え入れながら、古澤氏は強い信念を持って業界の制度改革を推し進めていく。